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大阪地方裁判所 昭和28年(ワ)5907号 判決 1960年1月29日

大阪市北区曾根崎中二丁目二〇番地

原告 吉本晴彦

右訴訟代理人弁護士 中尾良一

大阪市北区梅田四番地の二

被告 米原喜三治

同所

被告 有限会社 米原商店

右代表者取締役 米原喜三治

右両名訴訟代理人弁護士 上辻敏夫

同 天野一夫

主文

被告米原喜三治は原告に対し、大阪市北区梅田四番地の二の宅地の内二二坪(但し同番地の一との境界から間口(南北)四間、奥行(東西)五間半)を右地上に存在する木造瓦葺二階建店舗一棟、建坪二〇坪、二階坪二〇坪を収去して明渡すべし。

被告有限会社米原商店は原告に対し、前項記載の建物から退去して、その敷地たる前項記載の土地を明渡すべし。

原告に対し被告米原喜三治は昭和二七年一一月一日から昭和二八年一月二〇日まで一箇月金三、九六〇円の割合による金員を、被告両名は各自昭和二八年一月二一日から同年五月三一日まで一箇月金三、九六〇円、同年六月一日から昭和二九年三月三一日まで一箇月金六、六〇〇円、同年四月一日から昭和三〇年三月三一日まで一箇月金九、九〇〇円、同年四月一日から第一項記載の土地明渡済まで一箇月金一一、〇〇〇円の各割合による金員を支払うべし。

原告の被告両名に対するその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用は被告等の負担とする。

本判決は、第三、五項に限り、仮りに執行することができる。

事実

原告は主文第一、二項同旨及び「原告に対し被告米原は昭和二七年一一月一日から昭和二八年一月二〇日まで一ヶ月金三、九六〇円の割合による金員を、被告両名は各自同年一月二一日から同年五月三一日まで一ヶ月金七、九二〇円、同年六月一日から昭和二九年三月三一日まで一ヶ月金一三、二〇〇円、同年四月一日から昭和三〇年三月三一日まで一ヶ月金一九、八〇〇円、同年四月一日から主文第一項記載の土地明渡済まで一ヶ月金二二、〇〇〇円の各割合による金員を支払うべし、訴訟費用は被告等の負担とするとの判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、

(一)  原告は昭和二一年七月一日その所有に係る主文第一項記載の土地二二坪を被告米原に対し、使用目的を一時的仮建築の敷地に限定し(建物は組立式一時的仮設建物に限り、且つ事務所としてのみ使用する)、期間を二ヶ年、賃料を一ヶ月金四四〇円(一坪につき金二〇円、毎月末日までに翌月分持参払と定めて賃貸し、右賃貸借契約と共に、被告米原が原告の承諾を得ずして既存工作物の改、増築もしくは大修繕をなし、または用途を変更したとき、原告が本件土地に本建築をなさんとするとき、被告米原が契約条項に違反したときの各場合には、原告は催告その他何等の手続を要せずして賃貸借契約を解除し得ること、被告米原が期間満了または契約解除による土地明渡義務を履行しないときは、期間満了または契約解除の翌日から明渡済まで賃料倍額の損害金を支払うことと特約した。

その後原告は賃貸借期間の満了する毎に被告米原と前同一条件で契約を更新したが、被告米原は契約に違背して

(1)  本件地上に主文第一項記載の本建築建物を建築し、

(2)  昭和二七年一一月分から昭和二八年一月分までの賃料を延滞し、

さらに不法にも、

(3)  原告が自己所有の梅田四番地の一地上に存在する板塀を除去し、新たに板塀を設けるや、被告米原は従来の板塀が同被告の所有であると虚偽の主張をなし、曾根崎警察署に原告を器物毀棄の罪名の下に告訴し、

(4)  同年一二月二五日深更から翌二六日未明にかけ、無頼の徒数名を使用し、原告が新設した前記板塀の一部を破壊し、右土地の一部に一四戸一棟のバラツク(建坪約六〇坪)を構築し一部に板囲を施し、右土地一六〇余坪全部を完全に不法占拠した。

そこで原告は被告米原の右(1)(2)の契約違反と、(3)(4)の賃貸借契約を継続し難い著しい背信行為を理由として昭和二八年一月一九日付書面で同被告に対し賃貸借契約解除の意思表示をなし右書面は翌二〇日同被告に到達したので、原告と被告米原との間の賃貸借は同日適法に解除された。

被告会社は右契約解除前から、本件地上の前記建物を使用占有し、延いて本件土地を占有しているが、原告と被告米原との間の賃貸借が適法に解除された以上、被告会社の本件土地の占有は、原告に対抗し得べき何等の権原にもとづかない不法のものであるから、同被告は右建物から退去して本件土地を明渡すべき義務がある。

然るに被告等は依然として本件土地を占有し、原告の右土地に対する所有権を侵害し、損害を蒙らしめつつあり、被告等の右行為は共同の不法行為であるから、連帯して原告に対し右不法行為による損害賠償をなすべき義務がある。ところが本件賃貸借契約には、期間満了または契約解除の場合において、被告米原が本件土地の明渡を遅滞したるときは、期間満了または契約解除の日の翌日から明渡済まで賃料の倍額に相当する金員を損害金として支払う旨の特約があり、本件土地の賃料は契約後数回増額せられ、昭和二七年一一月一日以前から契約解除当時まで一ヶ月金三、九六〇円(一坪につき金一八〇円)となつていたのであるが、右賃料倍額の損害金支払の特約は、明渡義務不履行に対する制裁的意味をもつものであるから、契約当時の賃料の倍額に限定する趣旨のものではなく、明渡完了までの間に附近の地代が昂騰し、本件土地についても、賃貸借契約が存在したとすれば、当然賃料が増額せられたであらう場合には、その値上額の倍額による趣旨である。

そこで本件土地周辺の土地の賃料を標準として、本件土地の相当賃料を算定すると、各一ヶ月につき、昭和二八年一月二一日から同年五月末日までは金三、九六〇円(一坪につき金一八〇円)、同年六月一日から昭和二九年三月末日までは金六、六〇〇円(一坪につき金三〇〇円)、同年四月一日から昭和三〇年三月末日までは金九、九〇〇円(一坪につき金四五〇円)、同年四月一日から本件土地明渡済までは金一一、〇〇〇円(一坪につき金五〇〇円)であるとするのが適当であるから、被告等は連帯して原告に対し、右各期間右各金額の二倍に相当する損害金を支払うべき義務がある。

よつて被告米原に対しては前記建物を収去して本件土地の明渡と昭和二七年一一月一日から昭和二八年一月二〇日まで一ヶ月金三、九六〇円の割合による延滞賃料の支払を、被告会社に対しては前記建物から退去して本件土地の明渡を、被告両名に対しては、昭和二八年一月二一日から同年五月末日まで一ヶ月金七、九二〇円、同年六月一日から昭和二九年三月末日まで一ヶ月金一三、二〇〇円、同年四月一日から昭和三〇年三月末日まで一ヶ月金一九、八〇〇円、同年四月一日から本件土地明渡済まで一ヶ月金二二、〇〇〇円の各割合による損害金の連帯支払を求める次第である。

(二)  仮りに(一)に記載した契約解除の意思表示が無効であるとしても被告米原には次ぎのような賃貸借関係を継続し難い著しい背信行為があるから、原告は昭和三〇年六月七日の本件口頭弁論期日において、これを理由として被告米原に対し賃貸借契約解除の意思表示をなし、同日本件賃貸借契約は適法に解除せられた。すなわち被告米原は

(1)  昭和二七年八月、原告に無断で本件地上建物から原告所有の隣地(梅田四番地の一)に約二六坪四合の掛け出しを建築した上、徐々にこれを本建築に等しい程度に改造し、自己及び被告会社のため使用し、もつて右隣地に対する原告の所有権を侵害し、

(2)  同年一〇月、原告に脱税の事実ありとして大阪国税局に密告し、これがため原告をして数日間に亘り、数名の国税局員によつて厳重な取調を受くるに至らしめ(取調の結果、固より脱税の事実のないことが明らかとなつた)、

(3)  昭和二八年一一月頃から本件土地周辺の借地人を糾合して前記隣地に勝手にビル建設を企て、その資金に充てるため、被告米原自ら組合長となり、株式会社福徳相互銀行北支店に各個人引出不能の日掛金一〇〇円の団体預金契約をなした。

(三)  仮りに(二)に記載した契約解除の意思表示がその効力を生じなかつたとしても、被告米原がなした(二)の(1)の増築は実質上本件土地に増築した場合と同視すべきものであるから、本件賃貸借に存する特約に基き、原告は昭和三一年六月一五日の本件口頭弁論期日において、被告米原に対し賃貸借契約解除の意思表示をなし、これにより、本件賃貸借契約は適法に解除せられたものである。

(四)  仮りに(三)に記載した契約解除の意思表示が無効であるとしても被告米原は契約に違反して本件地上に建築した建物を住宅として使用し、また本件賃貸借には、原告が本建築(ビル)をなさんとするときは、何等の手続を要せず契約を解除し得る特約の存するところ、(五)に記載するように神戸銀行との契約により本建築をなす時期が到来したので、右二個の事由を理由として、特約に基き、昭和三三年五月一日の本件口頭弁論期日において、被告米原に対し本件賃貸借契約解除の意思表示をなした。

(五)  仮りに(四)の契約解除の意思表示が効力を生じなかつたとしても本件賃貸借契約は昭和二九年六月末日の経過とともに期間満了によつて終了したものである。すなわち本件土地の賃貸借は一時使用のための賃貸借であつて、存続期間は二ヶ年である。そもそも大阪市は戦前から都市計画法により、大阪駅前一帯の土地を高層建築地帯として造成する計画を樹て、長年月を費して漸くその目的の大半を達成するに至つたが、事変のため計画遂行に大頓座を来し、折角造成された広場も戦後の混乱で全く形を止めざるに至つた。そこで、大阪市は大いに将来を憂慮し、各土地所有者に対し、一時的賃貸借は已むを得ないが、将来問題を起す虞のある賃貸借は決してしないよう通達した。さればこそ本件借地証書(甲第一号証)第二条にも、特に借地法第九条の賃貸借であることが明記され、また各土地所有者は申し合わせたように賃貸借の期間を二ヶ年としているのである。

ところで原告はかねてから本件土地を含む所有土地の一劃約一、〇〇〇坪に大ビルデイング建築を計画していたが、これには多額の経費を要するので、協力者が現われるまで、被告米原の便宜のため昭和二三年六月末日、昭和二五年六月末日、昭和二七年六月末日と、二ヶ年の期間満了毎に契約を更新して来たが、昭和二七年九月に至り、神戸銀行との間に資金協力を条件とする本件土地の賃貸借契約が成立したので、最後の賃貸借期間の満了した昭和二九年六月末日以後は契約を更新しなかつたのである。従つて本件賃貸借契約は同月末日をもつて終了したのである。

右の次第であるから、原告の本訴請求が正当であることは明白であると陳述し、

被告等の(一)の(2)の主張に対し、甲第一号証の契約証書は原告の親族訴外吉本貞次郎が同人の土地賃貸借契約に使用するため特に弁護士に依頼して作成したものを原告が参考のため一部貰い受けこれに若干の添削を加えて作成したものであつて、形式的な不要文言は一もない。

また被告米原が本建築をしようとするならば、先ず原告の承諾を得べきこと当然である。勝手に契約に違反しながら、不服があれば、何故文句を言わなかつたか、異議を述べなかつたのは、承諾したのではないかというような主張は甚しく信義則に反する。異議を述べなかつたという消極的事実のみでは相手方の行為を黙認したことにはならない。

(一)の(2)の主張に対し、右主張事実は否認する。被告米原は原告からの契約解除の書面を見て、あわてて、そつと千田をして賃料を受取らせようと同人方に賃料を持参したのであるが尾崎が左様なこともあろうかと予め千田に受領を禁じておいたので、同人はこれを受領しなかつたのであると陳述し、

証拠として≪省略≫

被告等は「原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁として

原告主張事実中、被告米原が原告から本件土地を賃借し、右地上に原告主張の建物を建築所有し、被告会社がこれを占有使用していること、原告主張の日時原告が(一)において主張する契約解除の意思表示が被告米原に到達したことは認めるが、原告の本訴請求は以下の理由により、いずれも失当である。

(一)  原告主張の(一)の事実のうち

(1)  について。

(イ)  甲第一号証中「組立式一時的仮設建物敷地として使用するもの」なる文言は形式的なものであつて、本件賃貸借契約の当事者双方は右文言による意思をもつて契約したものではない。さればこそ、被告米原は昭和二一年七月から約一ヶ年を費して原告主張の建物を建築したのに拘らず、原告はこれに対し昭和二八年一月一九日契約解除の内容証明郵便を発送するまで六年以上の間、一言の異議も述べず、賃料を受領していたのである。

(ロ)  本件土地の周辺の土地はいずれも原告の所有であつて、右地上に七、八〇戸の建物が存在するが、すべて二階建あるいは三階建の本建築であつて、バラツク建の仮設建築物は一戸もなく、その三分の二は甲第一号証と同一形式の契約書を差し入れて土地を賃借している者の所有であり、残り三分の一は原告の所有家屋である。被告米原に対してのみ契約違反を主張し、他の人達にはどうする積りであろうか。

(2)  について。

本件土地の賃料は過去七年間、毎月末その月分または翌月の五日ないし一〇日までに前月分を集金に来ていたのである。被告米原は右の期間一回も賃料の支払を怠つたことがない。然るに昭和二七年一〇月一五日本件土地に隣接する土地について原告と被告米原との間に紛争が生ずるや、原告方の尾崎は集金人の千田安太郎に被告米原から賃料を集金することを禁じたので、千田は同年一一月分の賃料は病気のため集金せず、一二月分からは尾崎の申付けで集金に来なかつたのである。その間、被告米原も、その妻笑子も千田方に賃料を持参提供したが同人は「病気が癒つたら、皆のところと一緒に集金に行くから持つて帰つてくれ」と言つて受領せず、その後一二月中旬、千田は原告の他の借地人のところに一一月分賃料の集金に来たのに、ことさらに被告米原のところだけは集金に来なかつたので、笑子が千田方に賃料を持参提供すると、同人は「尾崎が行つたら払つてくれ」と言い、更に被告米原が昭和二八年一月一〇日千田方に賃料を持参提供すると、同人は「尾崎に集金するかしないか、確めてみるから、暫く待つてくれ」と言うので、待つていたところ、突如原告から同月一九日付の内容証明郵便が送達されたので、同月二八日、昭和二七年一一月、一二月の二ヶ月分と未だ支払期の到来していない昭和二八年一月分の合計三ヶ月分の賃料金一一、八八八円を郵便為替で原告に送金したが、原告はこれを被告米原に返送して来たのである。そこで被告米原は已むを得ず右賃料を供託し爾後今日に至るまで一ヶ月も滞らずに賃料を供託している。

(3)  について。

本件土地に隣接する梅田四番地の一の土地約一六〇坪は被告米原が昭和二二年三月一二日、建物所有の目的で原告から正当に賃借した土地である。原告は被告米原が右賃借地上に建設した板塀を、昭和二七年一〇月一五日被告米原の制止も聞かず、多数の者を使用して一挙に取毀ち、新しい板塀を建設して被告米原の占有を侵奪しようとしたので、被告米原は已むなく原告を所轄警察署に告訴したものであつて、被告米原としては当然の措置である。

(4)  について。

前記のとおり、原告は被告米原の建設した板塀を暴力をもつて破壊し、新しい板塀を建設して同被告の賃借土地に対する占有を奪取し、これを株式会社神戸銀行に二重貸しをせんとし、そのような表示札まで掲げ、被告米原から抗議しても聞き入れず、神戸銀行において、今にも建物の建築にかかる気配があつたので、被告米原は原告の右のような暴挙に対する自衛手段として、関係官庁から本建築の許可もあつたので、取急ぎその準備のためのバラツクを建築したものであつて、原告の実力行使に対する已むを得ぬ行為である。

(二)  原告主張の(二)の事実のうち、

(1)  について。

本件土地に隣接する梅田四番地の一の土地は、被告米原が原告から正当に賃借した土地であることは前記のとおりである。被告米原は右賃借権に基き約二六坪四合の建物を建築したのであつて、本件地上建物の掛け出しによる増築ではなく本件土地の賃貸借とは直接関係がない。

また被告米原は昭和二七年四月右建物の建築に着工し、同年七月末に完成したが、その間原告は右事実を知りながら、何等の異議を述べなかつたのであつて、右建築を正当として認めていたものに外ならない。

(2)、(3)について。

右原告主張事実は全く被告米原の関知しないところである。

(三)  原告主張の(五)の事実について。

(1)  本件賃貸借契約は建物所有を目的とする通常の賃貸借であつて、一時使用を目的とするものではない。すなわち、甲第一号証の本件借地証書第二条には、組立式一時的仮設建物敷地として使用し、永続的建物の敷地として使用できない旨、第四条には、期間を満二ヶ年とする旨記載されているが、右条項はいずれも形式的なものであつて、当事者双方とも、これによる意思がなかつたものである。当時大阪市内における土地の賃貸借については、都市計画等のため、一般に本建築が許されなかつた関係から、契約証書面には形式的に仮設建物建築を目的とする旨記載するのが通常であつたので、本件においても、その例に倣つたものに過ぎない。

(2)  仮りに本件賃貸借が、一時使用を目的とするものであつたとしても、右契約が何回も更新されて多年に及んだ以上、通常の賃貸借に変更せられたものというべきである。

(3)  仮りに(2)の事実が認められないとしても、原告は正当の事由なくして、従来当然に更新して来た本件賃貸借の更新を拒絶し得ぬものと解すべきである。

原告は本件土地及びその周辺の土地九八一坪五合上に大ビルデイング建設の計画を樹てていると主張するけれども、この九八一坪の土地上には約一〇〇世帯に近い人々が居住していて、これらの人達との間が円満に解決できるとは考えられないのに、被告米原に対してのみ、隣地紛争の復讐的に本件賃貸借の更新を拒絶するのは不当である。

と陳述し、

証拠として≪省略≫

理由

よつて先ず、原告の被告米原に対する(一)の請求のうち、土地の明渡を求める部分の当否について按ずると、被告米原が原告主張の日時、その主張の土地を原告から賃借し、右地上に原告主張の建物を建築所有することは当事者間に争がなく、本件土地が原告の所有に属することは、被告米原の明らかに争わないところであるからこれを自白したものとみなす。

成立に争のない甲第一号証≪中略≫を綜合すると、本件土地は、国鉄大阪駅前に位し、戦争勃発前既に、右土地及び附近の土地一帯は、大阪市の都市計画により高層建築地帯に指定され、戦争及び敗戦により右計画の実施に一頓座を来したが大阪市は右地域の土地所有者に対し、一時使用のための土地の賃貸借は已むを得ないが、前記計画の実施に支障となるべき賃貸借をなすことは極力これを避くべきことを要望して来たこと、原告は昭和二一年三月頃、本件土地を含む原告所有の土地上に高層建築物を建築するまで、一時本件土地を賃貸することとし、訴外四塚利一に、これを組立式一時的仮設建物所有の目的で、期間を二ヶ年、賃料を一ヶ月一坪につき金二〇円、地上建物は店舗または事務所として使用することと定めて賃貸したが四塚は賃借地上に何等の建物を建築しないまま、同年五月一五日原告の承諾を得て賃借権を被告米原に譲渡し、同年七月一〇日に至り原告と被告米原との間で、改めて賃貸借契約証書を作成し、本件土地は組立式一時的仮設建物の敷地として使用すべく、永続的建物の敷地として使用し得ないこと(即ち借地法第九条所定の一時使用のための賃貸借であること)賃借人は地上建物を事務所としてのみ使用すること、賃料は一ヶ月金四四〇円とし、毎月末日翌月分を賃貸人住所に持参支払うこと、賃貸借の存続期間は満二ヶ年とすること、賃借人において既存建物の改築若しくは大修繕をなし、または用途を変更せんとするとき、賃貸人において、本件土地に本建築をなさんとするとき賃借人において契約条項に違反したるときは、賃貸人は無催告で賃貸借契約を解除し得ること、賃貸借契約の期間満了または解除の場合において、賃借人が賃借土地の返還を怠りたるときは、賃借人は損害金として期間満了または解除の翌日から返還の日まで賃料の倍額に相当する金員を賃貸人に支払うこと等と約定したことが認められ、右事実に本件土地の賃貸借の時期が終戦後一ヶ年を経ない時であつて、将来の予測をなし難い混乱期であつたことを綜合すると、原告と四塚との間の賃貸借は勿論、その賃借権の譲渡を受けた被告米原との間の賃貸借も借地法第九条に定める一時使用のための賃貸借に該当するものと認定するのを相当とすべく、右認定に反する被告米原本人兼被告会社代表者本人尋問の結果は採用しない。

被告は甲第一号証の賃貸借契約証書第二条には、本件土地は組立式一時的仮設建物敷地として使用し、永続的建物の敷地として使用し得ない旨、同第四条には期間を満二ヶ年とする旨記載されているが、これらの条項は単なる形式的のものに過ぎず、当事者双方はこれによる意思がなかつたものである。当時大阪市においては、都市計画等のため、一般に本建築が許可されなかつた関係から、契約証書には形式的に仮設建物建築を目的とする賃貸借である旨記載するのが通常であつたので、本件においてもその例に倣つたもので、真実は仮設建物にあらざる建物の所有を目的とする通常の賃貸借であると主張するけれども、この点に関する被告米原本人兼被告会社代表者本人尋問の結果は採用し難く、他に本件賃貸借の当事者双方が甲第一号証の契約書記載の条項による意思がなく、通常の建物所有を目的とする賃貸借をなす意思であつたことを認むべき確証がない。もつとも被告米原は本件土地賃借後昭和二一年七月頃から昭和二二年五月頃にかけ、本件地上に組立式一時的仮設建物にあらざる本建築建物を建築し、原告が結局これを黙認したものと認むべきことは後記のとおりであるけれども、原告がこれを黙認するに至つた事情も後記認定のとおりであるから、この事実をもつて、本件賃貸借が一時使用のための賃貸借にあらず、通常の賃貸借であるとすることはできない。

次ぎに、被告は、仮りに本件賃貸借が当時一時使用を目的とするものであつたとしても、その後何回も契約が更新せられ、多年に及んだ以上、通常の賃貸借に変更せられたものであると主張し、本件賃貸借がその後三回更新せられたことは原告の認めるところであるけれども、当初一時使用のための賃貸借として期間を二ヶ年と約定せられた以上、その後右賃貸借が数回更新せられたとしても、この事実のみによつては、右賃貸借が通常の賃貸借に変更せられたものと認めることはできない。

原告は被告米原は契約に違反し、本建築をなし、且つ昭和二七年一一月分から昭和二八年一月分までの賃料を延滞したので、原告は特約にもとずき昭和二八年一月二〇日被告米原到達の内容証明郵便をもつて、賃貸借契約解除の意思表示をなしたから、本件賃貸借は同日解除せられ、終了したと主張するので、まず原告は被告米原が本件地上に本建築をなしたことをもつて賃貸借契約解除の原因となし得るか否かについて考えると、被告米原が本件地上になした建築が組立式一時的仮設建物ではなく、本建築であることは当事者間に争がなく、証人尾崎憲正≪中略≫を綜合すれば、被告米原は本件土地賃借後間もなく本建築に着手したので、原告の使用人であつた梅田政治及び尾崎憲正は、四塚を通じ、被告米原に異議を述べたところ、同被告は、仮設建物では取毀後木材の利用価値が少いため、取毀後の木材を他の建築に利用し得る本建築をなしたのであつて、賃貸借終了の際には間違なく収去して本件土地を明渡し、原告には決して迷惑を掛けない旨言明したので、原告は被告米原の言を信じて、本建築の続行を放任し、爾後昭和二八年一月二〇日契約解除の意思表示をなすまで、何等被告米原の本建築に対して異議を述べなかつた事実が認められるから、結局原告は被告米原の本建築を黙認したものというべく、従つて原告はこれを理由としては契約解除の意思表示をなし得ないものである。前記証言及び本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用しない。

次ぎに被告米原に原告主張の賃料延滞の事実ありや否やについて按ずると、本件土地の賃料は毎月末翌月分持参払の約定であつたこと前記認定のとおりであつて、被告は本件土地の賃料は過去七年間原告方から毎月末その月分あるいは翌月五日ないし一〇日までに前月分の集金に来ていたところ、昭和二七年一〇月一五日本件土地の隣地について原告との間に紛争を生ずるや、原告方の尾崎憲正は集金人の千田安太郎に被告米原から集金することを禁じ、同年一一月分賃料は千田が病臥したため集金をなさず、一二月分からは尾崎の申付けで集金に来なかつたのである。その間被告米原あるいはその妻笑子は千田方に賃料を持参提供したが、同人は病気が癒つたら、皆のところと一諸に集金に行くからと言つて受領せず、その後一二月中旬千田は病気回復し、原告の他の借地人方には一一月分賃料の集金に廻つたのに、被告米原方にのみ集金に来なかつたので、笑子が千田方に賃料を持参提供すると、同人は、尾崎が集金に行つたら、同人に支払つてくれと称して受領せず、更に被告米原が昭和二八年一月一〇日千田方に賃料を持参提供すると、同人は尾崎に集金するかどうか確めてみるから、暫く待つてくれと言うので待つていたところ、突如原告から同月一九日付の内容証明郵便が来たので、被告米原は同月二八日、昭和二七年一一月、一二月の二ヶ月分と未だ支払期の到来していない昭和二八年一月分の賃料合計金一一、八八〇円を原告に郵便為替で送金したが、原告はこれを返送して来たので、被告米原は已むなくこれを供託し、爾後引続き今日に至るまで、一ヶ月の滞りもなく、賃料を供託していると主張し、成立に争のない乙第一〇号証≪中略≫綜合すれば、訴外千田安太郎は原告に雇われ、原告所有の土地の賃借人から地代を集金し、本件土地についても昭和二四年春頃から毎月末その月分あるいは翌月上旬前月分の賃料を集金することが多かつたことが認められるけれども、右事実のみによつては、本件土地の賃料について原、被告間にされた毎月末翌月分持参払なる約定が変更されたものとは認め難く、却つて原告本人尋問の結果によれば、原告は単に便宜上、賃料を持参しない賃借人からこれを取立て、賃料を前払しない賃借人に対し、事実上前払を猶予していたのに過ぎず、被告米原との関係においても、当初の約定を変更したものでないことが認められ、また前記千田証人の証言によれば、千田安太郎は昭和二七年一一月病臥したため同月分賃料は、被告米原方をはじめ、他の借地人方に集金に廻らず、同年一二月には、あらかじめ尾崎から、被告米原方に集金に赴くことを止められていたため、集金に行かなかつたところ、昭和二八年一月二〇日正午過ぎ、被告米原は千田方に本件土地の賃料を持参したが、千田はその前日尾崎から被告米原が地代を持参しても受領するなと申付けられていたため、その受領を拒絶したことが認められるけれども、被告の主張するように被告米原またはその妻が、右一月二〇日正午過ぎ以前の時期に千田に本件土地の賃料を持参提供したとの点に関する証人米原笑子の証言及び被告米原兼被告会社代表者本人の尋問の結果は、前記千田証人の証言に照らすと直ちに採用し難く他にこれを認むべき確証がない。そして成立に争のない甲第二、三号証、同第六号証の一、二を綜合すれば、原告の契約解除の意思表示は、昭和二八年一月二〇日午前中に被告米原方に到達したものと推定するを相当とするから、被告米原が前記認定のとおり同年一月二〇日正午過ぎ本件土地の賃料を千田方に持参提供したのは、原告から本件賃貸借契約解除の意思表示があつた後であると認むべきである。

すると結局被告米原は昭和二七年一一月分から昭和二八年一月分までの賃料を延滞したこととなるから、これを理由として、本件賃貸借に存する特約に基き、昭和二八年一月二〇日被告米原に対し無催告でなされた原告の契約解除の意思表示は有効であつて被告米原が昭和二八年一月二八日原告に前記三ヶ月分の賃料を郵送し、これが返送されるや、右三ヶ月分の賃料を供託し、爾後引き続き今日に至るまで本件土地の賃料を滞りなく供託しているとしても、右送金及び供託はいずれも本件賃貸借契約解除後のことであるから、右契約解除の効力に影響を及ぼすものではない。

以上認定のとおり原告が被告米原に対してなした契約解除の意思表示は有効であるから、本件賃貸借は昭和二八年一月二〇日適法に解除せられたものというべく、爾後被告米原は本件土地を占有すべき何等の権原なきに至つたものであつて、同被告は原告に対し、本件地上に存する被告米原の所有建物を収去して、右土地を明渡すべき義務がある。

次に被告会社に対する原告の請求のうち、土地明渡を求める部分の当否について考えると、被告会社が昭和二八年一月二〇日以前から被告米原所有の原告主張の建物を占有使用していることは当事者間に争がなく、被告会社が右建物の全部を使用していること及び右建物の敷地である本件土地が原告の所有に属することは被告会社の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。

そして原告と被告米原との間本件土地の賃貸借が昭和二八年一月二〇日適法に解除せられ、右日時以降被告米原に本件土地を占有すべき権原なきに至つたこと前記認定のとおりである以上、被告会社も本件建物を占有し延いてその敷地である本件土地を占有すべき権原なきに至つたものであるから、被告会社は原告に対し、本件建物から退去し、その敷地である本件土地を明渡すべき義務がある。

最後に原告の被告に対する本訴請求のうち、金員の支払を求める部分について判断すると、本件土地の昭和二七年一一月分ないし昭和二八年一月分賃料の支払なきこと前記のとおり、右賃料が一ヶ月金三、九六〇円であることは被告米原の争わないところであるから、被告米原に対し昭和二七年一一月一日から昭和二八年一月二〇日まで一ヶ月金三、九六〇円の割合による延滞賃料を支払うべき義務がある。

次に原告は、被告等は、原告の被告米原に対する本件土地の賃貸借契約解除により、爾後本件土地を占有すべき何等の権原なきに至りたるにも拘らず、依然として本件土地を占有し、原告の右土地に対する所有権を侵害し、損害を蒙らしめつつあり、被告等の右行為は共同の不法行為であるから、連帯して原告に対し右不法行為による損害賠償をなすべき義務があると主張するので、この点について考えると、被告米原の賃貸借契約解除後の本件土地の占有が故意または少くとも過失により、原告の右土地に対する所有権を侵害する不法行為に該当することは勿論であつて、原告が本件土地を使用収益できないのは、本件建物が存在するからであり、被告会社が本件建物を占有使用していることと、原告が本件土地を使用収益できないこととの間には、特段の事情のない限り相当因果関係がないと認むべきであるけれども、弁論の全趣旨に徴すると、被告会社の代表者は被告米原であり、被告会社は被告米原のいわゆる個人会社に等しきものであることが窺知されるから、被告会社は本件賃貸借終了後も故らに本件建物から退去をなさず、原告に損害を加えることを予想するに困難でなく、このような事情の存在する場合には、前記特段の事情の存在する場合に該当するものと解すべきであるから、被告会社の本件土地の占有と原告の右土地使用収益の不能との間には相当因果関係があり、被告会社も共同不法行為者として、被告米原と連帯して原告に対し、本件土地の使用収益の不能による損害を賠償する義務がある。

然るに原告は、本件土地の賃料は契約後数回増額せられ、昭和二七年一一月一日以降契約解除当時までは一ヶ月金三、九六〇円であり、本件賃貸借契約には、契約解除の場合において、被告米原が土地明渡を遅延したるときは、解除の翌日から明渡済まで賃料の倍額を損害金として支払う特約があり、右特約は明渡義務不履行に対する制裁的意味をもつものであるから、賃料の倍額というのは契約解除当時の賃料の倍額に限定する趣旨ではなく、明渡完了までの間に附近の地代が昂騰し本件土地にも賃貸借契約が存在したとすれば当然賃料が増額せられたであろう場合にはその値上額の倍額による趣旨であると主張し、賃料倍額に相当する損害金の連帯支払を被告両名に対して訴求しているので、その当否について判断すれば、右特約は結局原告と被告米原との間で被告米原の賃貸借契約にもとずく債務の履行遅延の場合の違約金を定めたものと解すべく、原告は本訴において被告等の共同不法行為による損害の賠償を求めていること前記のとおりであるから原告は右特約を主張して賃料倍額に相当する損害賠償を求め得ないものといわなければならない。

すると原告は被告等の共同不法行為により昭和二八年一月二一日以降本件土地の使用収益を妨げられ、これによつて蒙つた損害の賠償のみを求め得るものと解すべきところ、右損害は通常本件土地の相当賃料と同額であると認むべく、第三者作成にかかり、弁論の全趣旨により、真正に成立したものと認むべき甲第九号証によれば、本件土地附近の土地の右日時以降の賃料は各一ヶ月につき、昭和二八年一月二一日から同年五月末までは一ヶ月金三、九六〇円(坪当り金一八〇円)、同年六月一日から昭和二九年三月末までは金六、六〇〇〇円(坪当り金三〇〇円)、同年四月一日から昭和三〇年三月末日までは金九、九〇〇〇円(坪当り金四五〇円)、同年四月一日以降は金一一、〇〇〇円(坪当り金五〇〇円)であることが認められるから、反証のない限り、本件土地の相当賃料もこれと同額であると認むべく、従つて被告等は連帯して原告に対し、昭和二八年一月二一日から本件土地明渡済まで右割合による金員を損害賠償として支払う義務がある。

そうだとすると、原告の本訴請求は右認定の限度において正当として認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきものである。

なお原告は本判決に対し仮執行の宣言を付すべきことを申立てるけれども、被告等に金銭の支払を命ずる以外の部分に対しては仮執行の宣言を付するを相当ならずと認め、これをなさないこととする。

よつて訴訟費用の負担について民事訴訟法第九二条但書、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岩口守夫 裁判官 山本久巳 裁判官 池局隆良)

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